周防正行さん『映画とは他者への窓、他者とは世界』

コレクション展「奈良原一高 スペイン」関連イベントでは、写真家奈良原一高が自身の作品をパーソナル・ドキュメントと表現したことに着眼し、社会を動かすドキュメンタリーを上映することで、撮る側の「眼と頭とこころ」を見つめる機会を作りました。
2018年2月に東海テレビドキュメンタリー「人生フルーツ」を上映し、上映トークでは、阿武野勝彦氏(東海テレビプロデューサー)と周防正行氏(映画監督)に対談して頂きました。
通常、制作者の上映トークはよく行われます。でも、なぜ、周防監督をお呼びしたのか。
「人生フルーツ」は各方面で大絶賛された力のある作品です。だからこそ、ドキュメンタリーとは違うジャンルの映像作品で社会を動かす周防監督に「人生フルーツ」を深く考察頂き、阿武野さんとの対談で撮る側の視点を交差させることで、映像作品が持つ魅力を再認識する機会を作りたいと考えました。
芸術が消費の対象としてではなく、現代、そして地域社会にどのように必要とされるのか、
周防監督の映画に対する、そしてアートや地域に対する真摯な言葉をお届けします。

Q1. 高浜駅から美術館まで歩いて来た感想

(周防監督・以下略)町を歩くときはいつもカメラを手にキョロキョロしています。今回は、もう少し時間に余裕があれば、ゆっくりじっくり歩いて写真を撮りたかった。それほどに面白いものがありそうな空気を感じました。遠目から見る景色だけではなく、ディテールに見るべきものがたくさんありました。屋根の上の瓦はもちろん、個性的な鬼瓦や、道端や壁の一部にはめ込まれた瓦など、細部に目を向けたくなりました。またその瓦葺きの屋根を持つ昔ながらの日本家屋の佇まいなど、中々見られなくなったものがあって、嬉しくなりました。

Q2. 三州瓦に何か感じたか、感じたとすればどんなことか

本来瓦が持つ機能性についてはお話を聞かないとわかりま
せんでしたが、長い年月を経て積み上げてきた、「装飾品」としての美しさ、ユニークな形状は、もはや美術品だと思います。長い歴史の中で磨かれ、築きあげられてきた「実用の品」が、次第に趣味性や美術性を求め、求められ、見事な工芸品となります。三州瓦にもそれが見て取れ、とても面白かったです。

Q3. かわら美術館写真展「奈良原一高スペイン」を見た感想

その写真の芸術性は言及するまでもないのですが、その写真をどう見せるかが美術館の仕事なのだと思います。もちろん、企画、作品の選定が重要であるのは当り前ですが、今回の企画展では、「目の不自由な方に見てもらう」というコンセプトに感心しました。今、映画の世界でも、目の不自由な方たちに向けて「映画を見てもらう」工夫をしています。監督自らが、「音声ガイド」の制作に加わって、どう見てもらうかを考えるのです。今回の「奈良原一高スペイン」では「触る」ことで「見る」という試みがとても良いと思いました。

Q4. 人生フルーツ制作者阿武野勝彦さんと対談して、東海テレビドキュメンタリーや阿武野さんの印象など

阿武野さんとお会いすることができてとてもよかったです。映画『人生フルーツ』はとても良い作品で大好きです。映される側が、撮影者を信頼していることが伝わってきます。だからこそ、撮影できたのだと思われるシーンがたくさんありました。ノンフィクションであれ、フィクションであれ、撮影対象となる人や世界と真摯に向き合うことが大切です。それができない作り手は信頼することができません。そういう意味で、阿武野さんは信頼できるプロデューサーであると思っていましたが、実際にお会いして、対象ときちんと向き合って来た人であるということを改めて確信しました。
対象とどう向き合うか。
作品を作るには、それしかないのです。

Q5. 周防監督にとって映画とは何か。映画館や、映画がある社会とは何か。

他者への窓、あるいは他者へと通じるドアだと思っています。
他者とは、世界です。
あらゆる世界へ通じるドアを開けてくれるもの、それが映画だと思います。
映画館や、映画がある社会とは、世界へ通じるドアを持つ社会です。
流行りの言葉で言えば、映画館や、映画がある社会とは、「開かれた社会」です。
映画だけではありません。図書館も、美術館も、劇場も。あらゆるアートはこの世界の、自分たちが知らない、あるいは気づいていない、人や、その生き方や、社会や、考え方、つまり世界への窓、そしてドアです。人がいつでも、その窓から世界を見て、いつでもそのドアを開けることができる。それが「開かれた社会」、「開かれた町」の必須条件だと思います。かわら美術館も、いつまでも町の窓として、ドアとしてあり続けてください。

周防正行 映画監督

1956年東京都生まれ。大学の相撲部を扱った「シコふんじゃった。」(92年)、日本アカデミー賞13部門独占受賞した「Shall we ダンス?」(96年)、司法のあり方に疑問を投げかける「それでもボクはやってない」(07年)、生と死の間で揺れる愛を描いた「終の信託」(12年)など斬新なテーマを取り上げ、徹底的に取材する。2016年紫綬褒章受章。

(撮影)下村一喜